2013年2月12日火曜日

シカゴ学派の創始者フランク・ナイトが注目されている


10年ほど前に経済学の財産権論を詳しく知りたいと思い、経済学者のデムゼッツThe Economics of the Business Firmを購入して読んだことがあります。アマゾンのおかげで洋書の入手が簡単になり、地方在住の不利が大幅に改善されたので経済学の名論文集を中心に買いあさりました。それまで超硬派な本に飢えていたので、必死で読み漁ったことを思い出します。

そうした中でデムゼッツの本はビジネスと経済理論の関係を歴史をたどりながら丹念に解説してくれていたので、熟読しました。ドイツ風の長文が続くので理解が難しかったのですが、おかげでとても勉強になった覚えがあります。

この本の冒頭で解説されていたのがシカゴ学派の創始者といわれるフランク・ナイトです。私はシカゴ学派の創始者はフリードマンだと思っていたので、「ナイト?誰だそれは?」といった感じでした。しかし、デムゼッツの本を読んで、ナイトは計測可能なリスクと、計測不可能な不確実性を区別し、経営戦略は不確実性に関係あることを示した歴史的に見ても非常に重要な人物であることがわかりました。こうした不確実なものについての意思決定によって企業の利潤が生じるというわけです。ナイトがこの理論を提起したのはなんと1921年のことでした。ロナルド・コースの会社の理論が1937年ですからいかに優れた業績なのかがわかるというものです。

フランク・ナイト
私は、「なんと素晴らしい見識だ!」と感心したのですが、「しかし、なぜナイトが今では全く注目されていないのだろう」と不思議に思ったのです。日本語に翻訳されている本もあまりないようでした。私の大筋の理解ですが20世紀の経済学が計測可能な領域に集中することでいつしかナイトの古い理論は埋もれていったということらしいです。ところが金融工学に基づいた意思決定が何度も大失敗する中で、近年、ナイトが見直されるようになっているのです。2000年前後の段階でフランク・ナイトに注目していた数少ないビジネスマンであることが密かな自慢になっています。
 
ナイトは経済学の本来の姿であった道徳哲学の領域の人物であるようです。その理論の精緻さには難点があるものの、「まっとうな考え方」を追求する尊敬すべき人物であったようです。ナイトは弟子のフリードマンなどのような道徳と無縁の経済理論についてとても嫌っていたようです。時代がナイトを求めているということは、フリードマン的な流れに反省が深まったということなのかもしれません。
 
 
 
(浅沼 宏和)

2013年2月8日金曜日

ドラッカーとハーバーマスのコミュニケーション論は似ている?


リスクや社会的責任について幅広く検討している中で必要があり、「公共性の構造転換」「コミュニケーション的行為の理論」で有名な現代哲学者のユルゲン・ハーバーマスの思想の簡単な整理をしています。

ハーバーマスは20年ぐらい前に読んでいたのですが、あらためて読んでみると「なんだ、ドラッカーのコミュニケーション論と似てるじゃないか」と思いました。

そこで両者を簡単に比較してみましょう。
 


ハーバーマスによると、コミュニケーション(=相互主義的コミュニケーション)とは、現実の人間が言語(=言語的コミュニケーション)を通じてお互いに意見や感情を表現するものである。その表現を聞き手が了解することでお互いの『合意』が強制によることなく成立する。

またコミュニケーションの不一致はや対立(=ディスコミュニケーション)を解決するためには「真理性」「規範適合性」「誠実性」という3つの条件を満たすことが必要。

「真理性」とは発言が事実であるということ、「規範適合性」とは言動が社会的規範に合致していること(常識的な言動であること)、「誠実性」とは発言者の心の中に裏表がないこと。

要するにコミュニケーションが成立するためには内容が正しいばかりではなく、その手段、スタイル、心の状態なども適切でなければならないということ。人はこうした適切なコミュニケーションを通じた了解を目指して行かなければならない。

また、ハーバーマスは相互主義的なコミュニケーションが成立する場を「公共圏」と位置づける。公共圏では多種多様な意見が集約され、それらの意見がネットワークとして広がっていく中でより広い公共圏へと発展する。

 

 

という感じで、著書の分厚さに比べて単純すぎて恐縮ですが、おおまかにそんな感じの話だと思います。
 

一方、ドラッカーは「コミュニケーションとは知覚であり、期待であり、要求であり、情報ではない」としています。特にコミュニケーションは受け手が成立させるものであり、上からの命令では受け止めてもらえない。

各人の目標を本人に語らせて、それについて上司が感じるギャップを相互に話し合うことがコミュニケーションの土台となる。そしてそのギャップを部下が認識することでさらに大きな成果への貢献を目指してもらい、それがひいては各人の自己実現へとつながる。これが目標管理のあるべき姿という感じで語られているかと思います。
 

ドラッカーのコミュニケーションについて真理性、規範適合性、誠実性の3条件を当てはめてみると結構適合するような気がしました。

(浅沼 宏和)

2013年2月4日月曜日

マイケル・ポーターと糸井重里の対談のまとめ

日経ビジネス2013.2.4号に競争戦略論のマイケル・ポーターと糸井重里の対談が乗っていました。

糸井重里の事務所が一橋大で主催しているポーター賞を受賞したことによる企画のようです。

ポーターのインタビューや対談はポーター理論の行間を理解する上で大変重要ですのでポイントを箇条書きにしました。

やはりポーターはすごいです。



・今の日本企業が抱えている課題は次世代のユニークさを構築すること。

「顧客のためにユニークな価値を創出する」「何をして何をしないかを明確にし、選択する」の二つが戦略の中核をなす原則

・日本企業の歴史的な強みと個性は組織の全部門が協力して企業体質を高める「トータルクオリティ」に体現されている。

・他方、日本企業は戦略分野に弱かった。今だに多くの経営者が戦略を十分理解していない。

・企業規模は成功を決定する上で最も重要な要素ではない。重要なのは自らの立ち位置をしっかり固めること。  *中小企業でもよいということ
 

・ポーター賞受賞企業がここ10年でサービス分野における新たなタイプの企業が増えてきた。

・マネジメントを学ぶことは経営者の目を基本から逸らしてしまう危険もある。 “お勉強”としてマネジメントを学ぶことのリスク

・事業で最も大切なのは他社と違う独特の方法で顧客ニーズを満たすこと

・利益が先ではなく、ニーズを満たすのが先。しかし、「どうすれば利益が上がるか」からスタートする人が多い。

・事業が成功するのは、ある特定のことに対して情熱を持つ人物が「自分たちなら変えられる」「影響をおよぼすことができる」「もっとうまくできる」と思って事業を生んだ場合。


・名声や高額報酬が得たくて仕事を選ぶ人は偉大な経営者になれない。

「人を喜ばせる」という思いは資本主義の真髄。

・戦略立案の仕方を知らなくても優れた戦略は立てられる。それは多くの場合、自分の信念を元に実行するところから始まる。 *戦略は難しくない

・情熱だけで事業を成功に導けない。情熱が会っても失敗する人はたくさんいる。情熱と明確な選択との組み合わせが大切。


・成功する会社は、すべて顧客のニーズを満たすことについて新しい発想を持っている。

・戦略を考える一つの鍵は「すべての人を常に満足させることは難しい」ということ。

・戦略とは「何をするか」と同時に「何をしないか」の問題でもある。

・他人や他社と異なる選択の積み重ねによって新たな価値を創出する。

・リーダーシップとは日々の活動の中から選択する。
 

・素晴らしいリーダーや企業が他と一線を画すのは、活動の選択の積み重ねがユニークであり、結果的に本物の価値を生み出していること

・「共通価値の創造:CSV」は社会貢献活動と事業目的を一致させること。この視点があれば間違った社会貢献をしない。

・多くの経営者が「会社が成功するために必要なことは何か」を見失っている。

 
・どの企業も基本的にはユニークである。だからすべての事例にあてはまる方程式を見つけることはできない。だから、私(ポーター)は、その根柢にあるツールや原則を見出そうとしている。

・ポーターが考える自身のユニークさは、事例や経営状況についての豊かな深い知識があので一歩下がって各社の事業の根底にあるものを見つけることができること。

・私たちは複雑な仕事に取り組んでいるため、時として単純で明快なことが見えにくくなる。細部にとらわれずに根底に横たわっているものを理解することが大切。
 
 
 
(浅沼宏和)

2013年1月23日水曜日

日常業務に埋没すると成果が出ない


仕事を計画する上で優先順位をきちんと決めることの重要性をドラッカーは指摘しています。

しかし、ビジネスパーソンを取り巻く日々の業務、つまり日常業務が彼を成果から遠ざけてしまうとドラッカーは言っています。

少し長くなりますが『経営者の条件』の中で該当する箇所を挙げてみます。

 
‥自らが成果をあげるよう意識して努力しない限り、周りを取り巻く現実が彼らを無価値にする。

‥彼は日常業務に追われ続ける。

断固たる行動をもって変えない限り、日常の仕事の流れが彼の関心と行動を決定してしまう。

 日常の仕事は、本当の問題点どころか何も教えてくれない

‥日常の仕事の流れに身を任せたまま、何を取り上げ、何を行うかを決定していたのでは、それら日常の仕事に自らを埋没させることになる。

 ‥彼らに必要なのは、本当に重要なこと、つまり貢献と成果に向けて働くことを可能にしてくれるものを知るための基準である。だが、そのような基準は日常の仕事の中からは見いだせない。
 

要するに日常業務が流れに身を任せるものであってはならない、意識的に成果に取り組む要素がなければならないということです。

最もそうした意識を持って仕事に取り組んだ時点で、それはもはや「日常業務」ではなくなっているのでしょうけれど。

ドラッカーの日常業務の説明は優先順位を決定する「緊急よりも重要を選ぶ」という原則の意味を理解する鍵になります。




(浅沼宏和)

2013年1月11日金曜日

ドラッカー講座の解説ーその2


仕事とは成果へのプロセスである

これは私がドラッカーの著作からまとめた一番短い仕事の定義です。


ドラッカーは仕事について正確には次のように言っています。

 
1:仕事を分析する

2:プロセスにまとめる

3:管理を組み込む

4:ツールを用意する

 
この4つの中では仕事そのものを表現するキーワードはプロセスです。ですからこれだけで仕事を定義するのが最も簡単なものになります。

そして、管理とはプロセスとしての仕事に組み込まれるべきものであり、ツールは合理的に仕事を行うために必要になると続くわけです。

 管理とツールはいわばプロセスとしての仕事で成果をあげるための付帯条件といった感じになります。

分析は仕事をプロセス化するための手段という位置づけになります。

 私はドラッカー理論を現場で使うためにはできる限り簡便な言葉に置き直したほうがよいと思います。

 簡略化によってこぼれ落ちるものも多いのでしょうが、私は実践で生かされることのメリットのほうが大きいと考えて、このように定義しなおしました。

 この定義でドラッカーの著作を読んでいくと大抵間に合います。

 また、必ずしも間に合わない場合もあるのですが、それは「知識労働」というものが成立した背景に関わるところで「テクノロジストの条件」に詳しい説明があります。

 

(浅沼宏和)

2013年1月9日水曜日

ドラッカー講座の解説-その1


ドラッカーを仕事で使うコツはなんでしょうか。

ドラッカーのマネジメント論は人によって捉え方が違いますが、要するに成果をあげるための考え方・行動の指針と捉えておけばよいでしょう。

 ドラッカーの著作を全て読み、内容を咀嚼してから仕事をするわけには行きません。

「なるほど!」と思ったものからドンドン取り入れていき、試行錯誤しながらレベルを高めることが実際的であると思います。

そこで、私なりにドラッカー理論実践のポイントをまとめてみました。

 
1: 悩んだ時は「実際に成果に結びつくか」という基準で判断する

2: 何を目指した行動なにかをはっきりと意識する

3: ドラッカーの言うことが納得できなければ従わなくてもよい。ただし、その理由がいえるぐらいに考え抜く

4: 成果が出ない場合には、考え方や行動を意識的に修正する

5: 成果が出た場合には、より次元の高い成果を意識する
 

このように成果を目指して「走りながら考え、考えながら走る」といった考え方が必要であると思います。

 ドラッカーを学ぶことが目的なのではなく、ドラッカーをツールとして使って成果をだすことが目的であるということです。


(浅沼宏和)

2012年9月24日月曜日

素晴らしいマイケル・ポーターの解説書


本屋さんで、マイケル・ポーターの競争戦略の実践的活用法について書かれた本が出ているのを見つけました。
 

しかも、マイケル・ポーター自身の協力によるものです。この春にポーターの入門書を書いた私としては読まないわけにはいきません。

一気に読みましたが名著です。強く推薦します。
 

〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略

ジョアン・マグレッタ 著、 マイケル・ポーター(協力) 、櫻井 祐子 (翻訳) 、早川書房、2012

 

私は執筆にあたりポーターの古い著作から近著を比較検討して、自分なりのポイントを見つけて整理を行いました。

本書はポーター自身が関わっていますので、そこに書いてある内容が私と全く違ったらどうしようとドキドキしました。私自身が一般的なポーターの理解とは違ったことも書いていたからです。
 
しかし、私の仮説の多くは間違っていないことがわかり、ホッとひと安心しました。

また、現在、ポーターについてのセミナーをやっていることもありますので、大いに参考になる部分もありました。大変良い本が出たものと思います。
 

細かくなりすぎてもなんですが、私がポーター理論のポイントと考えており、また、本書で確認できたものを幾つか書き出します。
 

1:ポーターの競争戦略論は世間のイメージとは違い、実際には柔軟なフレームワークである。特にブルーオーシャン戦略を提唱したチャン・キムやモボルニュはポーター理論を誤解しており、その話を真に受けた多くのコンサルタントも「もはやポーターは古い」と思い込んでいる。
 
2:ポーターの業界の捉え方は初期の「競争の戦略」の時に比べ柔軟になっている。業界の境界線は①地理的範囲 ②製品サービスの範囲 に注目すれば自社に戦略構築に意味有る分析ができる。

3:ポーターの活動の定義は、組織図上の職能より範囲が狭い。また、バリュー・チェーンは「競争優位の戦略」に図式化されたものを踏襲する必要はなく、自社の具体的な活動から書き出せば良い。

4:競争優位を作り出す活動システムは同じ会社について書きだしてみても人によってまとめ方が違う。だから、ポーターの著作に例示されているものと全く違った図解を行なっても問題ない。

5:戦略は事前に全て計画してから実行するという誤解がある。ポーター自身も戦略は大きな方針のもとに試行錯誤しながら生み出されるものと判断している。

 などといったものです。

しかし、私がずっと気になりつつも本書では確認できなかったことは、ポーターの理論はドラッカーのマネジメントにだんだん近づいてきている。ポーターはドラッカーの著作の影響を受けているのではないかということです。戦略論だけではなく社会的責任についてのスタンスが極めて似ていると思っています。

もちろんドラッカーを元にしつつも明らかにポーターが優れている点もたくさんあります。コア・コンピタンス(強み)やマーケット・シェアなどの意味についてはドラッカーが曖昧にしているところをズバリと解説しています。

しかし、私はドラッカーとポーターは実践レベルでは相性の良い理論であると思います。


 本書は翻訳書で、少し読みにくい文体ですが、ポーター理論を知ったつもりになっている人には一度読んでいただきたいと思います。



(浅沼宏和)

2012年5月8日火曜日

ミッションについて

アメリカのガールスカウトは、少女たちが誇りと自信を持ち、自分自身を尊重するような女性となるよう手助けすることを使命としている。

‥また、救世軍は、落伍者の烙印を押された者を市民として立ち直らせることを使命としている。

19世紀イギリスの最大の教育者と言われ、パブリックスクールを創設したラグビー家のアーノルドは、パブリックスクールの使命は無作法な少年を紳士にすることにあるとしている。

  ‥「非営利組織の経営」


ドラッカーの著書の中で最も経営者に向いている本は「非営利組織の経営」であると思います。

タイトルの印象とは違い、営利組織でこそ必要とされる知見に満ちています。

上記の例も大変わかりやすいと思います。


(浅沼 宏和)

具体的ミッションとは?

多忙のためブランクがありましたがブログを再開します。


ある病院の救急治療室には「患者を安心させることがわれわれの使命である」という標語が掲げられている。

これは、簡潔にして明瞭、かつ直截な使命の表現である。

  ‥「非営利組織の経営」より


ドラッカーはミッションの重要性を指摘しています。

それも出来る限り具体的である方がよいというわけです。

上記のミッションは明快です。

「治療」ではなく「安心」が目的であるということ、不安に駆られている患者にやさしく接し、状況を丁寧に教えるといったサービスを行うということです。


(浅沼 宏和)

2012年4月26日木曜日

家康と卜伝とリスクマネジメント

仕事でトラブルがあり、日常業務におけるリスクつぶしを改めてする必要を感じました。

そこで、ふと徳川家康のエピソードに思い至りました。

うろ覚えなので恐縮ですが、書いてみます。


家康が秀吉に従ったあとのとある戦場での話です(おそらく北條征伐)。

山道に危険な橋がかかっており、そこで多くの大名たちが立ち往生したそうです。

家康が通りかかるときに他の大名たちはこう思ったのだそうです。

「天下一の馬術の名人と言われる家康殿はどのようにこの難所を乗り越えるだろうか?」

家康がそこに差し掛かると、おもむろに馬から降り、屈強な武士に背負ってもらって橋を超えたそうです。

それを見た名将たちは「さすがは家康殿。天下一の馬の名人に違いなし。」といったということです。


このエピソードは、無用のリスクは負わない。徹底して安全策を取るのが「名人」「名将」の条件であるということです。


塚原卜伝の後継者選びにも似たような話があります。


病床の卜伝は後継者候補の3人の息子がひとりずつ呼びました。

部屋の入口の上には枕が仕掛けられており、戸を開くと上から落ちてくるようにしていたそうです。

最初の息子が入ると突然上から枕が落ちてくるので、身軽にひらりとかわしました。

二番目の息子はとっさに脇差を抜いて枕を空中で真っ二つに切りました。

三番目の息子は入る前に枕の仕掛けを見抜き、そろそろと戸を開き枕を外して部屋に入りました。

後継者はこの三番目に決まり、二番目の息子は厳しく叱られたそうです。


リスクというものの考え方は昔も今も変わらないようです。



(浅沼 宏和)